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福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)559号 判決

原告

栄光印刷株式会社

右代表者代表取締役

中村昭治

右訴訟代理人弁護士

山口定男

西山陽雄

被告

福田博

右訴訟代理人弁護士

津留雅昭

主文

一  被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五八年四月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  第(一)項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告の従業員で構成する労働組合(全国一般労働組合栄光印刷分会。以下単に「組合」という。)の代表者(分会長)である被告は、昭和五八年二月ころ、「栄光印刷は道路破壊をやめろ」及び「栄光印刷前では窃盗続出」とそれぞれ記載した二種類のビラ(横約一三センチメートル縦約三七センチメートル。以下「本件ビラ」という。)を、原告社屋附近の陸橋橋脚及び電柱に多数貼付した。

(二)1  原告は、印刷業を営む会社であり、その受注先は官公庁・民間の多岐にわたり、印刷物の内容は一定の思想や情報、意思の表明等多種多様で、秘密に属するものも多い。したがつて、納期の厳守はもちろん秘密の厳守も強く要請される業種である。

しかるに、本件ビラのうち「栄光印刷は道路破壊をやめろ」と記載されたビラはまさに原告が違法行為をなしているとの内容であつて、官公庁その他の得意先に対し原告への不信感を抱かせ、あるいは反社会的存在としての警戒心をおこさせるものである。また、「栄光印刷前では窃盗続出」と記載されたビラは、それ自体原告がその窃盗になんらかの関わりをもつている趣旨を含んでいるばかりでなく、原告の許で秘密が漏洩するとの危惧、ひいては発注した印刷が約定どおり履行されるのかといつた不安を顧客等に起こさせるものである。

2  したがつて、被告が本件ビラを貼つた行為により、原告はその社会的評価を侵害されて損害を受けたが、その損害額は一〇〇万円を下らない。

(三)  よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年四月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実については、本件ビラを貼つたのが被告であるとする点を除いて認める。本件ビラは、「組合」が上部団体の指示に基づき組合活動の一環として約二〇〇枚を貼付したものであるから、被告個人としての責任が発生することはない。

(二)  同(二)1前段については、原告が印刷業を営む会社であることは認め、その余の事実は不知。同項後段及び同2の事実は否認する。

三  抗弁

本件ビラ貼りは、労働組合の組合活動として正当な行為であり、違法性が阻却される。

(一)  被告をその代表者(分会長)とする「組合」は、昭和五二年一月、原告の従業員により企業内組合(栄光印刷労働組合)として結成され、同年八月に全国一般労働組合に加入して名称を変更し、現在に至つている。しかしながら、原告は、組合結成以来「組合」を敵視し、これとの団交を基本的に拒否ないし回避しようとする姿勢をとるとともに、個々の組合員に対しても組合脱退を慫慂するなど様々な干渉を行つてきた。その結果、結成時には原告の従業員のうちの労働組合対象者六四名中三四名であつた組合員の数も、全国一般労働組合に加入した時点では二三名に減り、その後、昭和五八年一〇月には四名となつている。

(二)  「組合」は、昭和五三年四月以降、各年のベース・アップをめぐる春闘及び夏・冬の一時金闘争に際し、団体交渉の席で予め通告して赤旗(約一メートル四方の赤布に墨で「闘争中」等と書いたうえ、長さ二メートル程度のさおに結び付けたもの。)を一、二本、就業時間中原告の社屋玄関両脇の側溝の蓋の穴に差込んで掲揚してきた。

ところが、原告は、昭和五六年の夏ころから、右側溝の蓋の穴にセメントを流し込んでこれを塞いだり、側溝の蓋の下に鉄板を敷いたり、更には蓋を取外して鉄板のうえにコンクリートを流して固めたりして「組合」が赤旗を立てることを妨害した。

また、この赤旗は、掲揚を始めて以来、掲揚中に何者かによつて盗まれて年間約一〇枚が紛失していたが、この間、昭和五六年六月に原告の役員を除く従業員全員を構成員とする親睦団体「栄和会」が「組合」の赤旗掲揚を非難する文書を配布したり、同年七月に原告営業部の課長らが臨時朝礼の席上「赤旗をひき破れ。」と発言したり、昭和五八年一月五日に原告代表者が従業員への訓示の中で「赤旗が立つているが、外部から見ると数人の組合員とは思えなく……事業に差支える。」と組合の赤旗掲揚を直接に批判する発言をしたり、同日原告営業部の一〇数人の社員が被告を囲み「赤旗をおろせ。」と激しく吊し上げたりしており、これら一連の事実からすると、少なくとも原告ないし原告の意向をうけた社員らが組合の赤旗掲揚を極めて嫌悪し、組合及び組合員を敵視していたことが明らかであつて、右赤旗の窃盗にも原告が関与していると疑われる状況であつた。

なお、本件ビラを貼つた後の昭和五八年四月二八日、「組合」の組合員であつた池田益実が、原告の倉庫の中で、当日盗難にあつた赤旗を発見している。この倉庫は、鍵が二本しかなく、あけられる者が限定されており、まして外部の者が立ち入ることはできないものである。

(三)  「組合」は、原告との労使関係が以上のような状況にあつたことから、昭和五八年一月ころ、原告の組合活動(赤旗掲揚)妨害に抗議するため本件ビラを用意していた。そして、昭和五七年の一〇月二六日に「組合」が提出した昭和五八年春闘要求に対し、原告がその後の団交においていわゆるゼロ回答を続け、昭和五八年一月二二日に至つて漸く一定の率を示し、同月二九日に「二・六五パーセント」と前記「栄和会」と同じ率を回答として示したものの、同年二月九日の団交においてその回答を誤りであつたとの理由で撤回し、より低い率での新たな回答を示したことから、「組合」は、組合員協議の決定に基づき、同年二月一九日、組合員らの手で本件ビラ約二〇〇枚を貼付した。

したがつて、組合の本件ビラ貼付行為は、組合活動を防御するためにした正当なものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁の本件ビラ貼付行為が正当な組合活動として違法性が阻却されるという主張は争う。

抗弁事実のうち、「組合」が昭和五二年一月に企業内組合として結成され、同年八月に全国一般労働組合に加入し現在に至つていることは認め、その余の事実は否認する。

「組合」の組合員の数が減少したのは、組合員の中に三里塚空港反対闘争に参加して刑事事件を起こし、これにより実刑判決を受けて退職した者がおり、「組合」がかかる行為を支援していたため、これを容認できない組合員が脱退したことによるものと考えられる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

(一)  同(一)の事実

被告が原告の従業員で組織する「組合」の代表者(分会長)であること、昭和五八年二月ころ、本件ビラ約二〇〇枚が原告社屋附近の陸橋橋脚及び電柱に貼られたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、被告を含め当時組合員が四名であつた「組合」が、原告に対する抗議行動として本件ビラを貼ることを決め、「組合」の責任者として被告の住所氏名を掲げたうえ、昭和五八年二月一九日、組合員全員でビラ貼りを実行した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  同(二)の事実

原告が印刷業を営む会社であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その受注先は官公庁・民間の多岐にわたり、印刷物の内容は一般の宣伝広告物、出版物のほか各依頼者の部外秘に属する書類や公的な試験問題等の重要秘密書類もあること、本件ビラが貼られて以降原告の取引先十数社から原告に対し、窃盗若しくは道路破壊とはどういう趣旨かとの問合わせ電話があり、一部には印刷物等に対する原告の管理体制に危惧と不信の念を抱く得意先もあつた事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 以上の事実に基づいて考えるに、法人に対する不法行為は、有形の財産的損害が発生する場合に限られず金銭評価の可能な無形の損害が発生する場合にも成立し、法人はこの損害に基づき損害賠償請求権を行使できると解されるところ、二種類の本件ビラの各文言のうち「栄光印刷は道路破壊をやめろ」という文言はまさに原告が違法な行為をしている趣旨を直接表現したものであり、同じく「栄光印刷前で窃盗続出」という文言は、窃盗の主体こそ明示されていないものの、その窃盗に原告がなんらかの関わりがあるとの疑いを持たせるものである許りでなく、更に進んでより具体的に、原告の取引先等に対し、原告の業務の性質上強く要請される秘密保持についての不安や不信感を抱かせるものであるから、これらの記載のあるビラを一般公衆の目に止まる場所に約二〇〇枚の多数にわたり貼付する行為は、原告の名誉・信用を毀損し社会的評価を低下させるものであると言わざるを得ず、現に上記認定のとおり、本件ビラ貼付後、多数の取引先から問合せの電話があり、原告の印刷物に対する管理体制に疑問を投げかける向きも出ているのであつて、これらの点から、本件ビラ貼り行為は、外形的にみて一応、原告に対する不法行為を構成すると解される。

この点につき、被告は本件ビラ貼り行為が、上部団体の指示に基づく組合活動の一環としてなされたものであり、これにつき被告の個人責任は発生しない旨主張するけれども、被告が他の組合員と共同して現実に本件ビラを貼付している以上、これが、本件ビラの意味内容を全く理解しないまま上部団体の純然たる手足としてなされたというような特段の事情でもない限り、その責任を免れ得ないことは多言を要しないところ、本件においては右のような事情を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、〈証拠〉によれば、「組合」の上部団体である全国一般労働組合福岡地方本部福岡支部は、毎年発する「赤旗掲揚、腕章、ワッペン等の行動を展開せよ」といつた抽象的な指示(昭和五八年における同指示も、本件ビラ貼り後の三月一七日付である。)のほか、特段の指示、殊に本件ビラ貼りについての指示を与えた形跡はなく、現に同支部執行委員長大江敏夫も、原告代表者からの電話照会に対し、本件ビラ貼り行為を知らないと答えた事実を認めることができ、右事実と前記一(一)認定の事実によれば、被告は「組合」の責任者として本件ビラ貼り行為を主導したものと認められるから、被告の右主張は到底採用し得ない。

二抗弁について

被告は、本件ビラ貼付行為が正当な組合活動に該当し、違法性を阻却する旨主張する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、被告が本件ビラを貼るに至つた経緯につき以下の事実が認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

1  「組合」は、昭和五二年一月、原告従業員により企業内組合(栄光印刷労働組合)として結成され(右事実は当事者間に争いがない。)、結成後直ちに、原告に対し原告の社屋移転に伴う種々の組合要求について団体交渉を求めた。しかしながら、この団体交渉は、その準備のため予備折衝の段階で紛糾し、「組合」の地方労働委員会に対する不当労働行為救済の申立に基づき同委員会による斡旋もなされ、同年七月に至り、漸く第一回団体交渉が開かれる状況であつた。「組合」は、同年八月に全国一般労働組合に加入して名称を変更し(加入及び名称変更の事実は当事者間に争いがない。)、その後も、毎年ベース・アップをめぐる春闘、夏冬の一時金をめぐる団体交渉を行なつたが、例年「組合」の要求から交渉妥結まで数か月かかつていた。昭和五三年四月以降は、右交渉の際、闘争と称して団体交渉の席で予め通告したうえ赤旗(約一メートル四方の赤布に墨で「闘争中」等と書いたうえ、二メートル程度のさおに結び付けたもの。)を一本ないし四本、就業時間中に原告社屋玄関両脇の側溝の蓋の穴に差込んで掲揚したりする活動を続けた。この間、昭和五三年には、成田空港反対運動において傷害、公務執行妨害、凶器準備集合及び火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の罪で起訴された従業員を、原告が同年五月一八日付で懲戒解雇したことに対し、これを不当解雇だとして抗議するような活動も行なつた。組合員数の正確な推移は不明であるが、結成時は三四名(当時の原告従業員のうちの労働組合対象者は六四名)であつた組合員が、全国一般労働組合加入時には二三名に減り、その後、本件ビラ貼り行為のなされた昭和五八年二月には四名、現在では三名となつている。

なお、原告の会社内には、従来から、役員を除く従業員(「組合」の組合員を含む。)によつて「栄和会」なる団体が組織されており、原告との間で賃金その他の待遇につき交渉する窓口となつていた。

2  「組合」は、右記のとおり赤旗掲揚を続けていたが、この赤旗は、掲揚を始めて以来掲揚中に紛失することがあり、多いときは年間一〇枚前後に及んでいた。「組合」は、原告側が会社へ出入りするトラックの運行上支障を生じる等営業上の見地から赤旗掲揚に批判的態度を示していたこと、原告従業員の中で組合員に対し赤旗の除去を求める者がおり、組合員との間でトラブルを生じたこともあつたことなどから、この赤旗紛失が原告幹部社員ないしその意向を受けた従業員の手によるものと判断していたが、本件ビラ貼り行為に至るまで、警察署に被害届を提出したほかは、特に原告との団体交渉、地労委への申立て等の方法により具体的に原告の関与を追及したことはなかつた。

3  また、原告社屋玄関前の道路沿いには、原告敷地に接する範囲で側溝が敷設されており、「組合」は、赤旗を側溝の蓋の間の穴に竹竿を立てて掲揚していた。その側溝の南東端(原告敷地東端)では原告敷地南東側に沿つて作られている排水溝の上に側溝が突き出しており、本来は、原告社屋玄関前道路上に雨などが降つた場合、その水の一部は右側溝の蓋の穴から側溝に流れ込み、その後原告敷地南東側に沿つた排水溝を通つて、右道路の反対側に沿つて流れる川に流れ込むようになつていた。ところが、原告は、昭和五六年の夏ころから、側溝の蓋の下に鉄板を敷いたり、蓋を取外して鉄板のうえにコンクリートを流して固めたり、側溝の蓋を穴の無い厚いものに替えたりしたことから、道路上の雨水が側溝内に流れ込まなくなつた。そのため、右原告の行為を組合の赤旗掲揚行為を妨害するためのものと考えた「組合」は、その対応として、道路管理者である福岡市に対し、側溝に水が流れ込まないという苦情を申入れ、同市の係員が、原告に対して側溝の復元を要請したこともあつた。

4  右のような状況の中で、「組合」は、昭和五七年の年末ころから、原告に対する抗議の意思を表わすために本件ビラ貼り行為を計画し、昭和五八年一月には印刷を終えて屋外広告物条例上必要とされる区役所の検印も得ていた。一方、昭和五七年冬の一時金及び昭和五八年一月の昇給に関する組合要求は、昭和五七年一〇月二六日に提出され、その後団体交渉がなされていたところ、一時金については同年一二月二五日に妥結したものの、昇給については年を越えて交渉が続けられており、その交渉の中で、原告が昭和五八年一月二九日に一旦示した昇給率を同年二月九日に至り計算間違いであつたとして撤回したことから、「組合」は、この原告の態度を不誠実だとして、協議のうえかねて計画中のビラ貼りを決行することとし、同年二月一九日、組合員の手により本件ビラ約二〇〇枚を貼付した。

(二) 以上の事実からすると、被告ら組合員において、本件ビラ貼りの当時、原告が赤旗の紛失に何らかの関わりを持ち、また原告が側溝工事をしたのも主として「組合」の赤旗掲揚を妨害する意図に基づくものであると考えたことには、それなりの背景があり、全く当を得ないものとまでは言い難い。しかしながら、被告ら組合員においてその真相を十分究明することもなく(原告との交渉、場合によつては地労委、裁判所への申立等の法的手段に訴えて真相を糺し、真実原告の赤旗掲揚に対する妨害行為があれば、その排除を求めるという方が寧ろ、この種事案の解決策としてより抜本的であり効果的であると考えられる。)突如として本件ビラを貼付しているのであり、その文言自体も、より具体的かつ忠実に「組合」の赤旗掲揚に対する原告の妨害行為として非難する態様のものとはせず、殊更抽象化、一般化した表現を用いたため、徒らに事実から乖離した許りでなく、原告の社会的信用を毀損する結果を招来するに至つているのである。この点から考えると寧ろ本件のビラ貼り行為は、その組織力の弱さ等から原告との関係で賃金等につき思うような交渉の成果を得ることができなかつた「組合」が、原告の名誉・信用を毀損し、業務上の支障を与える結果となることを十分予見しながら、敢えて原告に対する闘争手段としてこの手段を選ぶに至つたものとみることができ、到底被告の主張するように組合活動としての正当な行為とみることはできない。

したがつて、被告の抗弁は採用できない。

三以上によれば、被告は原告に対し、本件ビラ貼り行為によつて生じた原告の損害を賠償する責を負うべきところ、右損害額としては、本件に顕われた全事情を考慮すると、金二〇万円が相当と解される。

四よつて、原告の本訴請求は被告に対し不法行為に基づく損害金二〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年四月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、仮執行宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤浦照生 裁判官倉吉敬 裁判官鹿野伸二)

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